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高松高等裁判所 昭和26年(う)623号 判決 1952年8月30日

控訴人 被告人 山下元春

弁護人 中沢良一

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人中沢良一の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は本件皿鉢二十二枚については差押の標示がなされていなかつたのに拘らず原審が右皿鉢についても差押の標示がなされていたものと認定したのは誤認であると主張する。しかし原判決が証拠として掲げる証人島元末広の原審公判廷における証言(原審第三回公判調書参照)に徴すれば同証人は執行吏として被告人の有体動産に対する差押をなすに際し本件皿鉢二十二枚については各皿鉢に封印をするのは不適当と認め被告人立会の上封印用用紙に皿鉢二十二枚と記入してこれを被告人方台所の見え易い箇所に貼りつけて以て差押の標示をした事実を認めることができ、皿鉢の一枚一枚に封印がなされなかつたとしても右の如き方法が採られた以上本件皿鉢二十二枚につき差押の標示がなされたものと見なければならない。従て原判決が本件各皿鉢につき差押の標示があつたものと認定したのは相当であり、原審が取調べた各証拠を検討しても原判決に所論の如き事実誤認又は審理不尽の点は認められない。従て論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は仮に差押の標示がなされていたとしても本件皿鉢及び大型水屋は第三者の所有物であり執行吏はその情を知つて差押をしたものであるからかかる差押は無効であると主張する。仍て原審が取調べた各証拠を検討して判断するに本件大型水屋一個及び皿鉢二十二枚は山下勇の所有物であつて被告人は当時右山下よりこれ等を借用していたものであることを窺い得るけれども、執行吏である島元末広は右水屋及び皿鉢も債務者である被告人の所有に属するものと判定して本件差押をしたものであること明かであり(前掲証人島元末広の証言参照)右各物件が第三者の所有物件であつたとしても差押の効力は一応有効に生じたものと謂わなければならない。本件各証拠に徴するも右島元執行吏が右各物件が第三者の所有物件であることを知りながら差押をしたものとは到底認められない。然らば右差押のなされた原判示各物件につき被告人がこれを他へ搬出して封印又は差押の標示を無効ならしめる行為をした以上被告人は刑法第九十六条の罪責を免れることはできない。原判決の認定及び法律の適用は相当であつて論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は本件につき被告人は犯意がなかつたものであると主張する。

しかし原判決挙示の各証拠を綜合すれば被告人は原判示各物件につき封印又は差押の標示がなされていることを知りながらこれを搬出したこと明かであり、所論の如く被告人に本件犯意がなかつたものとは到底認められない。又仮りに当時債権者との間に示談が成立していたとしても差押が適法に解除されていない限り被告人の行為は刑法第九十六条の罪を構成すること言う迄もなく、論旨は採用できない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人中沢良一の控訴趣意

第一点原判決は著しく事実の認定を誤り罪とならざる事実に対し有罪の判決を言渡した違法不当のものである。

証人山下栄一の証言によれば執行吏島本末広が被告人居宅に於て差押を為すに際し皿鉢二十二枚に付ては該物件に封印を施した事実はなく(此の点島本執行吏も証言で認めている)又封印に代るべき差押の標示を施した事実もない差押当日は被告人宅では婚礼の宴会の準備中であり右皿鉢二十二枚は右宴会に使用すべく被告人が知人山下勇より借用して現に使用中であり差押を為すに不適当な状態に在つた。従つて右皿鉢に対しては差押の標示は全然施されていなかつたことは明かである。然るに原判決は右差押の標示のない皿鉢に対し差押の標示があつたものとして被告人に対し有罪の判決を言渡したのは事実の誤認に基くのでなければ少くとも右の点に付ての審理をつくしていない不当な判決である。

第二点仮りに右皿鉢に対し差押の標示が何等かの方法で為されていたとしても右差押そのものが無効である。何故なれば右皿鉢及大型水屋は被告人の所有物ではなく第三者山下勇のものであり被告人方の婚礼に使用するため偶々当日同人より借用して来たものであり此の事は執行吏に於て熟知していたことであり被告人以外の第三者のものであることを知りつつ為された差押手続は少くとも刑罰の対象となる有効な差押とは言えないのであり従つて被告人が之を所有者に返戻したとしても正当な所有者に返したに止り封印破棄罪に問わるべきものではない。

第三点被告人には犯意がなかつた。即ち被告人は本件差押を受けた後債権者との間に和解が成立し訴訟事件は円満に解決したので差押物件(他人のもの)を正当な所有者に返戻しても毫も差支えないと信じていたのであり、差押の標示を無効ならしめるとの犯意は全然無かつたことは明白である。

以上の理由により原判決は違法不当であるから破棄の上無罪の御判決を仰ぐ次第である。

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